わきる

薬石とは?


戸室石にかかわる不思議な話


戸室石については、こんな話も伝わっています


辰巳用水は、当時の人々にとっては神秘的とも思われた伏せ越しの理を日本で初めて応用したことと、この方法の発案者であり、かつ工事責任者でもあった板屋兵四郎が工事完成の後、藩主の命令で殺されたという伝説があることで有名です。


なぜ、殺されなければならなかったのでしょう?


加賀百万石、江戸に脅威を与えるぐらいに栄えていたという金沢城。多くの忍者や刺客が送り込まれ、城内に流れる水に毒を流し込むというような手段もとられました。

 でも彼らは助かりました。


 なぜ、毒から守られたのでしょう?


それは、用水路に戸室石(医王石)が敷かれ、この石が流し込まれた毒を無毒化したといいます。この薬石特有の秘密を板屋兵四郎は知っていたのでしょうか、外部に漏れないようにと暗殺されてしまったのです。

文献として残されていないものの、現在まで語り継げられてきたこの話は、まだまだ謎が隠されていそうです。



【板屋兵四郎】 小松の町に生まれ、能登の塩田関係の小代を勤め、寛永7年(1630年)には輪島の近くに尾山と春日の二つの灌漑用水を開削し、白米の千枚田の灌漑も手掛けたと伝えられています。

このような経験と実績から測量術、土木技法に精通し、この当時から(伏せ越しの理)に気づいたといわれています。

当時、板屋兵四郎は加賀藩の命運をかけた大工事の総責任者という異例の選抜を受け、見事に重責を果たしました。しかし、藩主の秘命を受けた藩士、落合某らにより、夜間、香林坊で暗殺されたと言われ、また、兵四郎を起用した、辰巳用水普請奉行、稲葉左近は公金横領の罪で切腹させられていることなど、謎めいた話があります。






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